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誰かのための日記-014-陽水好きにはたまらんのよ
◆いま、役者と個人面談を始めている。なかなか大人数だとしっかり話せないものだ。実り多い秋である。

◆ところでラジオカフェでも話していた『陽っ水』氏をここに紹介させていただく。ひとの紹介は心の余裕というもの。7割モノマネだけれども3割オリジナル、という歌唱法。陽水好きなら間欠泉のようにオカシミが溜まっては噴出す、を繰り返すことうけあい。楽しんでくださいな。

☆陽っ水Website☆
http://players.music-eclub.com/index.php?action=user_song&user_id=102221&pageID=3

| 誰かのための日記 | 11:09 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comments
公演を観終えて、ミツオくんの言った言葉を思い出しています。「僕はどこにいくのだろう・・」

「私たちの身体・・といっても物質全ては粒子で出来ていてその粒子が真空の中から飛び出したとすれば自分という存在も、もともとは「空」であり、宇宙の真空に入っていって、そこから飛び出している仮の姿にすぎない。いつかまた飛び出した穴に戻り、また絶対的な宇宙に戻る。」

科学の話を重ねて、色々考えてしまいました・。kamuagaって、真空の中にもぐって、光を連れて、また復活してくるのですね。元の木乃伊ではなく、新たな場所に。分かります。

近藤さんの描く舞台はいつも暗在系と明在系の世界がロマンチックに変化流転していてとても、とても不思議な気分になります。なんか泣けますし。

女優さんたちが良かったなぁ・・。次の舞台が楽しみです。このメンバーでこれからは新しい事どんどんやっていくのですね・・。

今まで以上に拡がりが出てきそうな予感。わくわくします。


| どっぺるげんがー | 2008/10/19 5:41 PM |
>どっぺるげんがーさま

ご感想ありがとうございます。
夏子の弾き喋りで宇宙の話をしたのは(最近時折するようになったのですが)、魂が離れ石棺で眠る木乃伊、というモチーフの究極のメタファーだと思ったからです。何億年も未来のある日、宇宙をひたすら一直線に飛んでゆく魂の欠片のような塵。それはいちどは『自分自身』だと思った物質、身体の欠片。シネマのシーンはずっと天体望遠鏡をのぞいて新しい惑星を探している少女たちと漫然とひとつの惑星を眺めている老女のイメージでした。ただ表現しにくい(受け手に求め過ぎの部分の意)ので、スピリチュアルともとれるメタは今後封印したほうがいいかと思っております。とほほ。
| 近藤和見 | 2008/10/20 2:23 PM |









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