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小説筆記-8-これまでを更に改変す
◆知人の未映子さんからCDを送っていただいた。そのCDは未映子さん本人の作品である。彼女はメジャーで唄っている。僕は最近こればかり聴いている。名前をここに出していいか考えたのだが、許可もとらずに書いてしまう。早く紹介したいのもあるし、改めてそういうことを訊くのがなんだか難しいところもある。身勝手ですが、だめだったら連絡ください。すいません。

◆僕は舞台の音楽を作ったり演奏したりしているが、実は最近あまり音楽を聴かない。音楽脳というか、すぐに「音楽を聴く」という影響を受けて、風呂の中でもトイレでも電車の中でも、頭の中に音楽ばかり流れてしまい、こころここにあらず、といった風情の事態におちいるので、あまり聴かないことにしている。届いてから2日くらいたってから心落ち着かせてCDをステレオに差し込んだ。

◆『頭の中と世界の結婚』(ビクター)と題されたアルバムである。クレジットをみると作詞・曲・編曲も未映子さんである(連名もある)。何度でも聴いてしまう。詳しくは購入してもらうとして、とにかく何度も聴いてしまうことに、このひとのエネルギーの強さを思う。チンチンと胸が痛いし、深々となにか遠い記憶に行き着く。そう思うのはきっと僕だけではないだろう。ただ、僕の胸の痛みには秘密があって、この喉の奥から血が湧き出してしまうような苦しさは余人には伝えようもない。液体窒素の神秘に手を触れたような、強力な禊ぎを受けている悪魔のような容子である。爆笑問題の大田氏が太宰治を読みながら「これは俺だ〜」と唸った、というエピソードに似た印象も残る。あまりに感動したので、まだ彼女にお礼状が書けていない。もう少し時間をいただくことにしよう。
 僕やこのアルバムを聴く者たちは『未映子』というひとに想像力を持たずにはいれないだろう。本来アーティストってやつは想像力を駆使し投げかけ受けとる(順序はどちらでもよいが)存在であると僕は思う。絶え間ないヘッドフォンの振動の存在を、嬉しく思う。このアルバムのせいか、最近はもっぱら音楽三昧である。

◆さて今回は改変のみである。基本事項さえ改変してしまった。僕は草野球の長老のようなものだ。ひとりだが。
◇小説筆記の基本事項
小説筆記の前提(1):是は『書く楽しみ』を発表するものである。
小説筆記の前提(2):是の書式は本来縦書きである。
小説筆記ルール(1):新シーンを載せる時、改変の場合に発表する。
小説筆記ルール(2):前のシーンに加筆することもある。
小説筆記ルール(3):シーンが入れ替わるなどの可能性を担保しておく。
小説筆記ルール(4):原則前後3シーンごとしか表記しない。


【LIBERTARIAN】

人間くさい馴れあいから、つきなみな興奮から
さっぱりと解放されて おまえは
きままに飛んでゆくか。

また見つかった。
何が?―「永遠」。
太陽を連れていってしまった海だ。
(アルチュール・ランボー【永遠】より)


A◎少年はゆっくり手のひらから零れていく

 僕は熱いシャワーで身体に残る泡をすっかり洗い流す。手のひらで小鉢のような器を形作り湯を受け三度、顔をすすぐ。その両手をびっしょり濡れた前髪の根元に入れそのまま奥へ梳き水を切る。左手で目元の水滴を弾いたあと、排水口へ白濁した湯が流れ切るのを眺める。
 僕は赤い印の蛇口を閉める。用心深く湯と水が切り替わったか確かめる。右足を前に差し出す。最近少しだけ陰毛が生えてきた。あのひとはそのことをどう思うのだろうか。でもあのひとは僕の裸を見ることはない。冷水のシャワーを膝頭に当てて流す。

『身体を温め過ぎた。汗が噴き出す。あのひとが嫌うことだ。僕は僕自身を冷やさなければならない』

 石鹸の香りと湯気に包まれて心地よい。僕はシャワールームをでる。肩まで伸びた、細くやや茶がかった髪から背中に、ポロポロと水滴が零れる。少しずつ水滴が冷たくなっていく。身体に不釣合いな大きさの、分厚いバスタオルを肩掛る。なめらかな白い石造りの化粧鏡の前に立つ。丁寧に織り込まれた柊の刺繍が入った柔らかいハンドタオルを棚から取り出す。ハンドタオルで曇った鏡の水蒸気を、隅から順に拭く。いつもの手順だ。僕は鏡に映る自分を眺める。まだ少し眠そうな顔をしている。あと六十分はこのままだろう。僕は刺繍のハンドタオルで粗く身体を拭き取り、肩掛けたバスタオルで身体に弾かれ残った水滴をすべて拭き取る。身体から湯気が発たなくなった頃合に合わせ、全身に森の香りのする油を塗る。森の香りが僕は好きだった。そしてなによりあのひとが選んでくれた。
 手順を終えると僕は、換気の済んだバスルームに引き戻り、さっき化粧鏡にそうしたように、自分の身体にそうしたように、タイルや蛇口に残った水滴を残らず拭き取る。

『水滴はあのひとが嫌う。僕はこの家にいる。ルールは守らなければいけない。僕がいる痕跡をひとつも残してはならない。僕はシャワールームを、まるで夏が過ぎた静かな海辺のようにする。ルールは守らなければいけない』

 僕の身体はもう冷たくなり始めている。ドアを開け、なにも羽織らず真っ直ぐ廊下を歩く。ひんやりとした暗さ。僕はこの暗さを気に入っている。白い壁に挟まれた廊下は神秘的だ。身体を涼やかに感じる。それを気持ちよく感じる。なにも考えなくてもよくなる。僕は手順を守ればいいんだと信じられる。玄関口の吹き抜けの、ほど高いあたりに窓がある。その枠内は月光の明るみを帯びている。窓は真四角で正十字の桟が白壁のパースの中心に浮かび上がっている。僕は綺麗だと思う。あのひとにもらったゴヤのエッチングを思い出す。ガラス造りのシャンデリアがときおりキラキラ瞬く。僕の歩く早さに合わせて瞬く。
 突き当った玄関口の右手に階段がある。その階段の下側に空洞がある。それは隠し部屋だ。小さな部屋だけれど、しなやかなマットレスもあるしステンドグラスのランプもある。本は毎週五冊、あのひとが選び買ってきてくれる。これはぼくの部屋だと安心する。一歩この部屋を出ればあのひとのルールが支配する。この部屋にはルールはいらない。守るものはこのしなやかなマットレスとランプの明かり、そして静けさ。僕は音もなくドアを開ける。そして微笑みながら空洞の闇へ消えていく。


B◎私は愛情のルールに興味を持たない

 車は高速道の光の川から抜けだし街灯ひとつない山手の道を進んでいる。左右に続く雑木林が覆いかぶさるように道路へ迫り出している。海底トンネルのようだと思う。私はこの帰りの道があまり好きではない。なにか取り返しのつかない失敗をしたような、そんな漠然としたイメージがしっくりくる感覚。
 私の乗るメタリックシルバーの車体は、月光に反射し艶めかしい光沢を放っている。道を東に曲がれば左側が、西に曲がれば右側が、爬虫類の虹色のように艶めかしく閃く。私は「少し暑いわね」という。彼はなにもいわずに助手席のブラウンスモークの車窓を開ける。私は外へ視線を向ける。長い黒髪が風に梳かされる。左手を前髪の根元に差して視線を確保する。私は観客を意識する現代劇の役者みたいに首をかしげてみる。今晩、彼が頼んだラムコークの味を思い出して、笑ってみる。車のスピードが上がる。長い髪が見知らぬ世界ではためく国旗のような激しさで風に逆巻く。車窓はゆっくり閉じていく。閉じるのを横目に見ながら私は、髪をかき上げ右肩の方に寄せる。
 行き止まりの白い瀟洒な家で車は停まる。彼が無表情にこちらを見る。ひとつのトピックニュースが流れるくらいのあいだ、私は彼にキスをした。一定の間隔でエンジン音が響く。そのせいで彼の胸の鼓動が高まっているのかわからない。高まっていないのかもしれない。私は彼を離れる。助手席のドアを開ける。車にロロ・ビアーナの白と浅い青のストライプシャツに浸けたブルガリの香水を残す。パオラフラーニの黒いシフォンフレアスカートの裾を大胆に開けて車を降りる。車は、バックランプを光らせ折り返しきっぱりと、発進する。車は街灯ひとつない道を走らせ遠ざかる。またあのレース場のような高速道を駆け抜けるのだろうと思い、私はなんとなく微笑む。テールランプが仄かに消えていく。私と彼に距離が生まれる。もう二度と会えないくらいの距離が開くような気がして、とても素敵に思える。

『時間は急速に現実感を失い既視感になる』

 私は左手を上げ、彼の行方をたっぷり見送りながら、そう感じる。私はそうやって平凡に毎日を暮らしているのだと感じる。違う。感じるのではない。知っている。おなじような暮らしでも実はおなじではないことを知っている。現実感から既視感のトンネルを抜けていく。あてどもなく私は進む。おなじ出来事はなにひとつない。トンネルは続く。おなじトンネルはどこにもない。それはいつまでも続く、いつまでも、…深海のトンネル。
 私は左手を下ろす。真後ろに赤錆ひとつない黒い格子の門扉。背中にその存在を感じる。振り返る。ある。私が祖父から形見分けにもらった白い洋館。祖父は私を可愛がってくれた。この家に遊びに来るといつも嬉しそうな様子で、実は私があまり好きではないおはぎを用意してくれていた。やさしい勘違いだった。祖父が晩年愛したこの家に住み、そろそろ半年が過ぎる。

『そう、ここだけが、おなじ毎日であればいい』

 私は首を左にかしげる。うっすらとターコイズのシャドーをいれた豪華な視線は、グラナダ風に塗り込めさせた白壁を見つめる。私は首を右にかしげる。大仰な仕草を意識して両手で髪をひとつにまとめる。それを右肩に寄せる。クリーム色のブザーボタンを続けて四回、親指で押す。4回、が合図になる。門を開ける。歩く。玄関まで十二メートル。歩く。玄関まで七メートル。髪をかき上げる。玄関まで三メートル。ポーチから鍵を取り出す。グラナダ風に塗り込めさせた、粗くざらついた白壁。縦に長く、皮の立派な背表紙の【ファーブル昆虫記】みたいな扉がしっかりとある。
 私はその前に立つ。扉を開ける。ひんやりした空気をまとい、私は私の子宮のぬくもりのなかへ滑り込む。


C◎歴史の一切は比喩に過ぎないこともない

 俺は枯れ草色のコーデュロイジャケットを脱ぎ、ふたつに折る。それを隣の座席に置きながら注文を待つウエイターを見る。
「ご注文はお決まりでしょうか?」と緊張感のないウエイターは愛想よく聞く。
「ああ、ブレンドを」と俺は視線を右手の腕時計に移す。
「ミルクを入れましょうか?」その針は十九時を指している。
「ああ、そうだった。そうだったなぁ。…いや、入れなくていいよ」とウエイターを見る。
 この店はそれを先に聞くのだと思い出した。ミルクコーヒーという言葉が思い浮かび例え様もない懐かしさが胸にこみ上げる。
「はい、かしこまりました」と彼は一礼する。
 俺は、ふう、と息を吐き出す。感慨が去来しているのかもしれない。あとで家に戻り反芻すればわかることだと思う。
 ウエイターが厨房へ向かうと、入れ替わるように彼の後ろにかけてある絵が姿を見せる。デフォルメされた遊び絵が見える。その絵が昔からあったかどうか、思い出せない。なぜか思い出せない。ルイ・ダヴィットの【サン=ベルナール山からアルプスを越えるボナパルト】のデフォルメ。ナポレオンが胸を張り、前足を高々と上げる猛った馬に乗っているのが元絵の構図だ。この絵はその代わりに、こどものナポレオンが微笑ましく勇んでいる。ナポレオンとはなんら関係のない表情。キューピー人形のそれだ。こども神輿のような可愛さだなぁ、と俺は思った。これだけ特徴がある絵を覚えていないわけがない。以前はなかったのだと確信する。

 昨夜、孫から電話があった。「明日【ぐれーしす】という店が閉まる、最期だよ、急だけど」という。
「晩飯食べながらその話をしたら、お母さんが、お祖父ちゃんに教えてあげなさいよっていうから」
 二駅隣りの町に住む娘夫婦の息子はなかなかおかしなやつだ。一度「ゲートボールをみたい」といって河川敷のゲートボール場に来たことがある。「お祖父ちゃん、意外にみんなと仲良くやってんだな。絶対、ひとりでむすっとやってんだと思ってた」なんて抜かしていた。
「お祖父ちゃん、あの店、昔よく通ったんだって?僕も時々行くんだ。名曲喫茶っていっても、いまはみんなの話し声が大きくて音楽なんか聴ける状況じゃないけどね。昔はオーディオセットもみんな持ってなかったから、静かで、おしゃべりなんかしたら怒られたらしいね。うん、そこのマスターがそういってた。あ、僕らがうるさ過ぎて、そうやって怒られたんだけど」
「昨日友達に聞いたんだ」一方的に話すのは若者の特権だ。
「よかったら行ってみてよ」
「後悔するって。だって僕なら絶対後悔するもの」絶対を多用するのも若者の特徴だろうか。
 昨夜はそれを聞いても、商売なんてそういうものだ、と思うだけだった。上手くいく時もあるしそれが続くとも限らない。八十年も営業できりゃ大往生じゃねぇか、と受話器を置き、寝床に戻った。
 しかし、だ。
 日が変わり、目覚め、朝刊を読み、食事をし、ゲートボールのサークルで汗をかき、仲間と昼食を楽しみ、家に戻り、昼寝をして、目覚め、眼をこすり、まどろみながら、西山の向こうに陽が傾きだすのを見たその時、あの頃、友人あるいは恋人と歩き周った路地、いわば『あの風景』が、音を発てるように、よみがえった。
 旅の帰りの、夜行列車のような、もう戻れはしないのだ、という決定的な、寂しさを伴った感覚で、『あの風景』が遠ざかるように思えた。そして顔を洗い、剃刀を頬に当て、手付大のくしを、髪の根元に挿し梳かし上げ、服装を整え、そして俺は家を出た。
 そして俺は地下鉄に揺られている。久方ぶりに電車に乗ったように思う。近頃はバスでいける場所にしか行かなくなった。敬老パスを使わずにいる手はない。俺は文庫本をビジネスバックから取り出す。向田邦子の【冬の運動会】を取り出す。しおりの紐を探しページを開き、それに眼を落とす。
 電車は東へ向かっている。帰宅する人々で込み合っている。込み合っているが整然としている。ふと視線を感じ俺は顔を上げる。俺の顔が車窓にくっきり映っている。俺のすっかり白くなった頭髪がくっきり映っている。俺は俺の視線を感じたようだ。
 なぜ俺はいま【ぐれーしす】に向かっているのだろう、と文字を追いながら改めて考えてみる。そこで電車が急停車する。俺は不意を突かれる。左手に乗せていた文庫本が投げ出される。通路に落ちて空気を「ファサッ」と押しのける音がする。目の前のへそを出したジーパンの若い女が反応鋭く足を退く。他の者も少し遅れて足を退くのが感覚的にわかる。俺は「ああ、すいません」とひとりつぶやき腰を浮かせ手を伸ばし拾う。あんた方になんら危害を加えるわけでもないのにと思う。俺が考え事をして恐い顔をしていたのかもしれない。あるいは、呆けた老人に見えたりするのだろうか。本を読みながら考え事をしている様子が、気が触れたよう見えるのだろうか。俺は釈然としない気持ちのまま、拾った文庫本に目をやる。紐がどこにも挟まれていない。どこまで読んでいたのかわからなくなる。仕様がなく俺はビジネスバッグに文庫本を仕舞う。
 相変わらず向かいの車窓には俺が映っている。込み合った人々の隙間からでも俺が見える。それはまるで俺が俺をのぞき見ているように思える。それは当然といえば当然だ。俺が窓に映った俺を見れば窓の俺は座席の俺を見る。しかし、その俺は、普段と少し違う顔をしているように感じる。頬がこわばっているように見える。俺はなにかを漠然と考え続けている。いくつもの経験と過ぎていった立場が俺のなかで繋がってくるのがわかる。駅をふたつ過ぎる。がたん、とひと揺れし突如「そうか」と考えがまとまる。俺はあごを撫でる。うっかり、という言葉を思い浮かべている。俺は今日、八十年の営業を終える【ぐれーしす】に行く必要を実感している。いま向かっている先にもうひとりの俺が待っているような想像をしている。眼が覚めて、やかんに火がかかったままだったことに気づくような緊張を感じる。気持ちを落ち着けてみる。俺が俺でいるためには俺が俺に繋がるものを肯定しなければならない、という当たり前のことをすっかり忘れていたのかもしれない。近頃は、否定も肯定もないことしか俺はしていない。たとえば文庫本を落とした状況を肯定していたのは俺だけだった。なぜか変な目で見られていた。そういうことに理由など要らない。俺だって券売機でイライラしてるおばさんがいてもその内情なんてわからないし、知ろうともしない。ただ漠然と否定するだけだ。「あなたイライラしてるんじゃないよ」と。
 久しぶりに東へ向かう電車に揺られ勤めていた頃の自分を感覚的に思い出す。本を落としてもああいった反応をされた覚えはない。近頃は行動になんの理由も要らなかった。朝刊を読みながら食事をして、ゲートボールをしたあとで仲間と食事をする。帰れば縁側で昼寝して、寒ければ部屋でごろ寝する。眼が覚めると夕刊を読み、食事をする。あとは風呂を浴びて寝るだけだ。きっといま必要なのは、繋がるものを肯定すること。これからの話ではない。これまでの肯定なのだ。ひとに伝えるようなもんじゃないが、自分自身のことを肯定するべきだと俺は思う。

『気付いてみれば簡単なことだったのだ。きっと俺は、俺を忘れようとしていたのだ。それは平穏の始まりではなく俺の終わりの始まりだったのだ』

 俺は、ふう、と深く息を吸い込み吐き出す。その俺を見て視線を逸らしたくだんのへその女は「あらこの老人、息が切れちゃって」という表情をしている。

『お嬢さん、お生憎。俺の心臓はとても丈夫なのだよ』

 電車は目的地へ急ぐともなく、進んでいる。
| よみもの | 09:56 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comments
読んだ。
私は私のような、そこはここのような。
| kiki | 2007/08/16 12:02 AM |
ふむ。
| 近藤和見 | 2007/08/30 3:35 PM |









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