2006.05.07 Sunday
小説筆記-6-続きを書く
【Libertarian】
人間くさい馴れあいから、つきなみな興奮から
さっぱりと解放されて おまえは
きままに飛んでゆくか。
また見つかった。
何が?―「永遠」。
太陽を連れていってしまった海だ。
(アルチュール・ランボー『永遠』より)
:P−1
その少年は熱いシャワーで身体に残る泡をすっかり洗い流す。排水口へ白濁した湯が流れ切るのを眺め、赤い印の蛇口を閉める。少年は水に切り替わったシャワーを足許に当てる。
〜身体を温め過ぎて汗が噴き出すのは、あのひとが嫌うことだから、僕は僕自身を冷やさなければならない。
石鹸の香りと湯気に包まれ、少年はシャワールームをでる。素裸に分厚いバスタオルを肩掛け、なめらかな白い石造りの化粧鏡の前に立つ。丁寧に織り込まれた柊の刺繍が入った柔らかいハンドタオルを棚から取り出し、曇った鏡の水蒸気をぬぐう。少年は鏡に映る自分を眺める。そして、肩掛けたバスタオルと刺繍のハンドタオルで身体に弾かれた水滴を拭き取る。身体から湯気が発たなくなった頃合で、少年は全身に森の香りのする油を塗り終わる。そして、換気の済んだバスルームに引き戻り、さっき化粧鏡にそうしたように、いま自分の身体にそうしたように、タイルや蛇口に残った水滴をすべて拭き取る。
〜水滴はあのひとが嫌うことだ。僕はこの家にいるが、僕がいる痕跡をひとつも残してはならない。僕はシャワールームを、まるで夏が過ぎた静かな海辺のようにして、ひっそりと次の季節を待たせなければいけない。
:P−2
その車は街灯ひとつない道を進んでいる。メタリックシルバーの車体が月明かりに反射し、光沢を放つ。助手席のブラウンスモークの窓が開く。長い黒髪の女が、首をかしげて笑っている。長い髪が、見知らぬ世界ではためく国旗のような激しさで、吹き込む風に逆巻いている。女は髪をかき上げ、右肩の方に寄せた。
行き止まりの白い瀟洒な家で車は停まる。女はひとつのトピックニュースが流れるくらいの間を持って、助手席のドアを開ける。車はバックランプを光らせ、折り返し、また街灯ひとつない道を走らせる。女は左手を上げ、それをたっぷり見送った後、左手を下ろす。振り返れば、真後ろに赤錆ひとつない黒い格子の門扉。女は首を左にかしげ、じっとグラナダ風に塗り込めた白壁を眺める。女は、首を右に振りなおし、髪を右肩に寄せ、クリーム色のブザーボタンを続けて4回、押し鳴らした。