『漆黒の風に記名せよ(改変版)』よりシーン【太陽の風が吹く】
◆ふと自分の書いた文章を思い出した。読み返そうと思った。それは2006年に執り行った公演『漆黒の風に記名せよ(改変版)』のラストシーンの言葉の群れだ。…女性3名がひとりの男性へ向けて数珠繋ぎに語る言葉の群れ。ひとひとりの精神の大きさは宇宙より大きいと思うぼくのイメージでは、以下の言葉はあたりまえにいつも思っている言葉である。ほかの人物はその言葉を聴きながらキラキラするほどでもない星々の映像のなかで揺れている…。
◆宇宙に吹いているという「太陽風」。精神を無限の宇宙と比するぼくが、太陽風に興味を魅かれるのは摂理である。それは「熱くて速くて多い」のだと、しぶといぼくの理想が願う。どうやらぼくのなかの太陽風が強まってきたのかもしれない。この文章を書いたあと、音楽を作った。その音楽と合わせて読み合わせていたとき、不覚にも涙がでた。ぼくが自作のもので感情が揺れるのは「なにかに書かされている」という自覚があるときだ。この文章もそんな不可思議な感覚になっていた。おそらくいろんな感情と出来事の記憶がぼくにこの文章を書かせたのだろう。悔しかったことや楽しかったこと、恋人との約束や別れ。家族への信頼や裏切り。もちろん演劇の仲間達への気持ちも。もう戻らない過去と信じきれない未来のはざまにある『いま』という時間を再生するためにこれを奉ぐ。


【太陽の風が吹く】

それは随分昔のことだ
君と僕は同じ時間に大声を上げて泣いた
空気が皮膚に触れ少し痛いような
光がまぶたを初めて通り眼窩が痛むような
随分昔そんな始まりがあった

無垢な君はいつしか親になる
そして新しく生まれる子供たちも
すでに僕は同じ時間に生まれている
だから自然に君は僕を思う
だから自然に君と僕は出会う
君と僕は自然に初めから許されている

君と僕の間にある閉ざされた闇は
突き立った光の線で引き裂かれて見える
君と僕は初めから許されているのに
その線が余りにも鋭く見えるために
君はすべてが許されているように思えない

僕はもう200億年ほど前に名前を書いた
君も書かないか?漆黒の風に!

漆黒の風に?

そう、漆黒の風に…

見よ!
太陽から風が吹いている
強い風だ
見よ!
太陽から風が吹いている
熱い風だ

その浮力で僕は「ふわり」と浮かび上がる
君は空を見上げ君は僕を見つける
僕は「あんぐり」口を開けた君の顔が可笑しくて
ほんのすこしだけ君をからかうことにする
君は後になって思う
息を潜めて考える
持続する風のことを
「あんぐり」口を開け佇む君自身のことを
太陽の風は熱くて速くて多くて
なぜなら風は太陽を引き連れて
誰も知らない君を守るために吹いているから
だから太陽の風は熱くて速くて多い!

見よ!
太陽から風が吹いている
強い風だ
見よ!
太陽から風が吹いている
熱い風だ

僕は在り続け僕は動き続けている
やはり君も止まることができなくて
それは君の愉楽の扉を開ける原因になる

見よ 太陽から風が吹いている
見よ 太陽から風が吹いている

君は登り降り渡り進む
しかし
君は急に足を止め崩れる

君は登り降り渡り進む
しかし
君は急に呼吸を止め崩れる

君は登り降り渡り進む
しかし
君は急に眼を閉じ崩れる

君は登り降り渡り進む
しかし
君は急に感情を吐き出し崩れる

君は…

君の中で僕は動き僕の中で君は動き
君の外は光満ちて点と線と面を見せる
僕の外は誰も知らず僕の中は闇に満ちて
君の外は光が満ちて君に星と月を見せる
時に君は空を見上げ遠き思い闇に沈む
時に僕は君を見つけ君を思い震え揺れる

僕はもうみつかった?
君に?
見つからないよ!
ごらん誰もが僕を探している

見つからないさ!
見つかるなんてこれまで一度もなかったんだから…

君の死はひとつの暗闇だ
生もまたひとつの暗闇だろうし
僕もそうだ
君と同じ闇を持っている
僕の死もひとつの暗闇で
生もまたひとつの暗闇

寂しくなんかないさ
ただ暗闇を光で照らされると
僕の死が明らかになってしまうだろう?
ねぇ君はそれを見て「美しい」なんて言わないだろうね?
ねぇどうか「美しい」なんて言わないでくれよ

存在したものはすべて霧散するんだ
霧散するから許可される
僕はそう思う
そうしている

けれどそれが当たり前だと
君は言い切れるかな?

そうだ!
君は風を追いかけたことがあるだろう
僕はそれを見ていた
見ていたから知っている

ねぇあの時の風はどこへ向かっていた?
風はどこに進んでいた?
東?
西?
南?
北?

ちなみに風はどんな風だった?
遊んでいた?
笑っていた?
怒っていた?
それとも

…泣いていた?


きっと君と僕はそこを目指していた 
風の彼方へ行こうとしていた

太陽が風を引き連れやってくるように
僕は君を引き連れ飛んでゆきたい!

そう思った

君を引連れ光の速さを追いかけたい

そう思ったんだ!

君と僕は近づくほど遠くなるみたいだ
入口もあるし出口もあるのに
どこから入ったのかどこから出るのか!
わからない?
だって君はなにも知らないじゃないか!

君と僕は近づくほど遠くなるみたいだ
ゼロから始まる訳じゃないなら
ヒャクで終わるはずがないのに
わからない?
だって君も思い違いをしているじゃないか!

君と僕は近づくほど遠くなるみたいだ
近づくほど遠くなる
だって君と僕は
ほらっ!
近づくほど遠くなってるじゃないか!


…君と僕はまるで新しい銀河みたいだ


どうか君よ
この苦しみを言葉で
言葉で答えないでおくれ

君は僕に憧れ
「僕」を考えた

「僕」を知った君は
驚き眼を丸くする

君は初めから僕だった
君はそのことに驚く

僕は初めから知っていたから
君の驚きをからかいたくなる

けれど君は僕の全部を知らない
けれど僕は君の全部を知ってる

君は最期まで知ることがないから
僕は苦しみに収斂される

どうか君よ
この苦しみを言葉で答えないでおくれ

君と僕の間には
漆黒の風が吹いている

それは太陽が引き連れて来た風だ
誰かが見つけた風だ
誰かが夢を引き連れて
探して見つけた現実の風だ

君と僕は始まりの瞬間に
人間くさい一切の馴れ合いから
忘却へ向かうつきなみな興奮からも
解放されていたんだ

それは太陽が引き連れて来た風だ
誰かが見つけた風だ
誰かが夢を引き連れて
探して見つけた現実の風だ


君と僕の間には
200億年の一瞬を
漆黒の風が吹き続けている


まるで「永遠」のような
漆黒の風が吹き続けている

…まるで「永遠」のような
…漆黒の風が吹き続けている

まるで「永遠」のような
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小説筆記-8-これまでを更に改変す
◆知人の未映子さんからCDを送っていただいた。そのCDは未映子さん本人の作品である。彼女はメジャーで唄っている。僕は最近こればかり聴いている。名前をここに出していいか考えたのだが、許可もとらずに書いてしまう。早く紹介したいのもあるし、改めてそういうことを訊くのがなんだか難しいところもある。身勝手ですが、だめだったら連絡ください。すいません。

◆僕は舞台の音楽を作ったり演奏したりしているが、実は最近あまり音楽を聴かない。音楽脳というか、すぐに「音楽を聴く」という影響を受けて、風呂の中でもトイレでも電車の中でも、頭の中に音楽ばかり流れてしまい、こころここにあらず、といった風情の事態におちいるので、あまり聴かないことにしている。届いてから2日くらいたってから心落ち着かせてCDをステレオに差し込んだ。

◆『頭の中と世界の結婚』(ビクター)と題されたアルバムである。クレジットをみると作詞・曲・編曲も未映子さんである(連名もある)。何度でも聴いてしまう。詳しくは購入してもらうとして、とにかく何度も聴いてしまうことに、このひとのエネルギーの強さを思う。チンチンと胸が痛いし、深々となにか遠い記憶に行き着く。そう思うのはきっと僕だけではないだろう。ただ、僕の胸の痛みには秘密があって、この喉の奥から血が湧き出してしまうような苦しさは余人には伝えようもない。液体窒素の神秘に手を触れたような、強力な禊ぎを受けている悪魔のような容子である。爆笑問題の大田氏が太宰治を読みながら「これは俺だ〜」と唸った、というエピソードに似た印象も残る。あまりに感動したので、まだ彼女にお礼状が書けていない。もう少し時間をいただくことにしよう。
 僕やこのアルバムを聴く者たちは『未映子』というひとに想像力を持たずにはいれないだろう。本来アーティストってやつは想像力を駆使し投げかけ受けとる(順序はどちらでもよいが)存在であると僕は思う。絶え間ないヘッドフォンの振動の存在を、嬉しく思う。このアルバムのせいか、最近はもっぱら音楽三昧である。

◆さて今回は改変のみである。基本事項さえ改変してしまった。僕は草野球の長老のようなものだ。ひとりだが。
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| よみもの | 09:56 | comments(2) | trackbacks(0) |
小説筆記-7-自転車をもらう
◆去る8日、名曲喫茶『みゅーず』が閉店した。せっかく馴染んできたのに残念だ。本当に残念である。悔しいので一番最後のお客になりにいった。やや溜飲が下がったと思いたい。そして煙草は止めたのだが『みゅーず』マッチをもらった。これはいわないともらえない。カウンターに置いているものではないからだ。「ではふたつどうぞ」と眼鏡にスポーツ刈りのお兄さんがいってくれた。こころ憎いではないか。マスターもカウンターに近づいてきて「ありがとうございました」といってくれた。「おつかれさまでした」といい店をでた。すこし涙が浮かんだ。僕のような浅い常連が最期の客というのもなにかの縁であろう。

◆親父に自転車を頂戴した。机の電話が鳴り「自転車いるかー」と父。「あ、欲しい」と僕。しばらくしてまた電話。「もう着くから前にいてくれ」と父。「あ、はい」と僕。すると車で持ってくるのだと思っていたら、親父は自転車を漕いで来た。元気な65歳である。マウンテンバイクであった。イエスッ!

◆小説筆記ルール(1):毎回ひとシーンを増やす。
◆小説筆記ルール(2):前のシーンに加筆することもある。
◆小説筆記ルール(3):シーンが入れ替わるなどの可能性を担保しておく。
◆小説筆記の前提(1):書いているのは縦書き書式である。
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| よみもの | 18:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
小説筆記-6-続きを書く
◆針治療にいった。かなりの体調不全で、これはもう外部に頼るしかない。台湾人の先生でいろいろ質問したりしてみた。非常に興味深い。また機会をみてここを借りてちょっとずつそのことを書こうと思う。とりあえず、免疫の低下と自律神経の治療、ひいては脳内視床下部の健全化が狙いだそうだ。そして先生の指示でタバコをやめることになった。ああ、無常、むべなるかな。

◆さて続きである。ルールとして前回分も再掲していく。そして必要があれば加筆修正も同時におこなっていくこととする。
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Event Title【鈴虫】より『take-bowのためのテキスト』
◆先日2006.5.1、京都は黒谷・永運院書院でおこなわれた【鈴虫】という公演で、友人の音楽家take-bowにテキストを提供した。公開してもよい旨をいただいたので、記す。

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「take-bowのためのテキスト」

山上まで 続く 石畳の道 それを登る ふたつの陰 
右の陰が震え その ぴったりと寄りそう 左の陰 
のきさきに 茹だった容子の ラブラドール みゆる 
はなさきに 微香の風が これは白檀 におう 
左の陰が 南天を ついばむ 
右の陰が 南天を 受け取る 
右の陰は それを ふたつに裂く 
左の陰は その片割れを受け取る
 
ふたつの陰が 震える 

また 一歩と 惰眠の 階段を あがり 
頂結のひかり まぶしさに 目覚めくる
 
うっすらと くちなし色の 
かすみがかった そのベール 
日常と夢の分岐点を 隠す 
夢の分岐点に 『nada』という音 
なめらかに 聴こうる 

『小さな死』から 『小さな生』へ 迎えるための 
天から降りおる 人外境からの音 聴こうる 

その音は 山の 稜線のような なめらかな自然の産物で 
「美しい」という 不自然の 
人口の目線さえ なければ 
ただ その音は 自然のまま 在り続けて いたのだろう 

無意識に消えた その 音は 
ゆめゆめと 『小さな死』を迎えた 
なめらかな その音は 無意識に 潜んで 
まさかと 「消えてしまった」 よな 

ときに その音は 
明るい陽射しに そよそよ揺れる葉洩れ陽の
あたたかな まどろみと 憧れをくれた 

ときに その音は 
マチ針のような一刺しの 意外な苦痛を仕掛け
感傷と呼ぶ 『小さな麻痺』をもたらした 

音は 天から 響き おり やがて無意識に 帰す 
無意識は 息を潜め 隠れ 降り やがて夢に きたる 

石畳 空をうつした 大粒の雨 
その灰色の 秘密の青さ 
降りおり 色を失い ひとところに集まり 
『みづかがみ』となり 
左の陰の てのひらから 白檀の風に 
こぼれた南天がうつった 『みづかがみ』 

無意識は 不自然の裏側で 
人口の目線がなければ 
きっと そこに 在り続けて いたのだ 

その音は 『無』 
その音は 
その音は 『無』 

…その音は
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小説筆記-5-ご破算にして、改めてすこしづつ書く
◆5日前、風呂で寝てしまった。6時間も風呂にはいったのは初めてで、翌日の悪寒と頭痛で楽しみにしていた『UrBAN GUILD』Opening partyにいけなかった。つくづく不義理である。

◆前回の習作はご破算にすることにした。知り合いから「かずみくんのこと違うの?」といわれたのは問題である。自分の経験談ではないのだが、私小説にしない、といったのにそう見えるなら題材選びで失敗したのに違いない。往生際は悪い方なのだが、この場合は仕方がない。

◆新しいアイデアでもって、改めて書くことにする。『自由人』リバタリアンというタイトルである。
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小説筆記-4-素直さという正義の段階
◆テーマについて

今日のぼくはおおらかな痛みと、くぐもった短気な痛みを同居させている。鼻炎と偏頭痛のことだ。ぼくにとってその痛み自体、なんてことはない。『左手薬指と右足小指が同時に深爪した』くらいのものだ。

そういう種類の痛みはひとを投げやりにする。『投げやりになり過ぎないように』と理性によるプレシャーをあたえつつ、なんとなくいまのイメージを素直に書き出すことにする。構成はあとだ。文体から練習する。書いているうちにアイデアが生まれたりしないものかと、かすかに期待して。


◆テーマも定めぬまま素直に書き出す


【無題(仮)】-幼年期-

 わたしは寝室のひとつある電灯をすっかり暗くする。二枚重ねの毛布を頬のあたりまで引っ張り上げる。そのままの動作で右側に向きを換えると、バネの強いマットは「ギッ」という音を発てる。そのままじっと毛布が温まるのを待つ。・・・風はただ吹き降ろすだけで、三月が過ぎ去ろうとしている。

 ひな祭の翌日、ストーブを仕舞いこんだ。寒さに思い当たらないよう、燃料を燃やした石油ストーブはキッチンの押入れに煤けたまま仕舞ってある。・・・すこしあの年季物を片付けるのには早かったようだ。

 『去年は、どのタイミングで、毛布を、減らしたか?』という疑問が眉間をノックする。・・・思い出せない。そのかわり『春分を過ぎると世間は桜の話題一色に塗りつぶされる』という現象を思う。疑問のない社会をわずらわしいと思いながら、冷えた身をすくめる。

 眼を閉じていると、きょうのできごとが単色の抽象画となって眼に浮かぶ。

 ―仕事からの帰り道だった。いつものルートでN駅からの家路をたどった。T字路の東角にあるコンビニの横で、複雑な金属音がひとしきり鳴いた。女が倒れた自転車の後輪を持ちながらしゃがんでいた。その左隣りの自転車も倒れている。不貞腐れたようなうしろ姿の女は、簡単なワイヤーロックを外す作業に失敗したのだろう。わたしは不躾な金属音に制止させられ立ち止まっていた。女はとくにあわてるわけでもなく、わたしに気付いた様子もない。ローライズジーンズから無勝手な割れ目が無邪気にはみだしている。それは男が近寄るのを拒否している。わたしはきびすを戻し、家路を急いだ。さらに加速した歩み・・・。

 たどり着いた家の玄関の前で考えがまとまる。
『結論5-6,きっと女は倒した隣の自転車を直さずにその場所を立ち去るだろう。
1,自転車を倒したまま持ち上げるでもなく、不自然にゆっくり鍵を外していた。
2,きっとしゃがんだまま作業をして、立ち上がる、という手間を省いているのだろう。
3,問題なく鍵を外し自分の自転車を握り、自分の重い腰といっしょに自転車も立ち上げる。
4,しかし、そのまま隣の自転車は直さない予定。理由は「面倒だから」といったところ。
5,間違いなく女は倒した隣の自転車を直さない。
6,そして女はあの場所からなにごともなかったように立ち去る。』
 そんな合理的な手順を予感させるうしろ姿だった。その女の不義理より、わたしは、自分の推察の自信が充たされたことに納得した。・・・寝ようとしているのに、両まぶたの抽象画は青い発光体でグニャグニャと、わたしを不機嫌にさせる。

 ベッドに潜りこみ20分ほどが過ぎた。不機嫌な発光体は複数のピンホールの静かな点滅に変わる。心音がゆっくりと穏やかになる。鼓動と入れ違うように、金属のフックで掛けられた柱時計の秒針がアルミニウム製の雨どいに弾く水滴音のようだ。だんだんと強い響きに体感する。それは「コッ」と「チッ」の混じった音。寝る前はいつもそう考え、それは新しい発見のように思え、いますぐだれかに伝えたい気持ちになる。時計音の認識は、冷凍庫に戻した食べ残しのアイスクリームのようなものだ。いつも忘れ、タイミングを失くしてしまう(その食べ残しは風呂上りに食べようと考えているのだが、ヘアドライアーの轟音で忘れてしまっては、つぎの機会に持ち越される)。忘却のはじまりはすでに夢のいりぐちだ。 

 毛布のぬくもりは急にやってこない。幼年期の寝具には自分以外の暖かさや湿気が充ちていた。それに慣れきって、たとえば親戚の家のひとり寝に心細い思いをしたものだ。湯たんぽや気の利かない飼い犬との添い寝、それを見守っている母親の心強い存在。それらはわたしにとってあたりまえに用意されていた。けれどそれを思い返すとき、胸が締め付けられるような思いに苛まれる。それにはふたつの理由がある。

 ひとつは、冬の真夜中に目覚めて眠れなくなった幼年の『記憶』への感傷。―枕許の目覚まし時計を手に取り眺める。それは発光塗料の絵。三日月に腰掛け泣いている双子の天使の絵だった。偶然この寒さから逃れている自分が、この幽かに光る双子の情景の、暗がりの深夜にひとりぼっちで泣いているように思えて、その双子はいつの間にか、理不尽な様子でわたしと入れ替わり、偶然のぬくもりを盗んで、まさかスヤスヤと寝ているのではないかと不安に覚えて、涙を浮かべながら振り向き母に抱きついた『記憶』―が繰り返しあらわれる。それを消せないこと。

 もうひとつは、あしたのためにおこなう周到な『睡眠』という種類への嫌悪。―他者による擁護の、絶え間ないぬくもりと、世界中の善を凝縮したようなユリカゴは、すでにわたしのたもとから失われてしまった、という安定した思考と、無期待の『睡眠』の輪転―の感傷。わたしの感傷に圧倒的な喪失感が根付いたのに気付いたこと。

 春陽に溶けたツララが耐え切れず接点を剥がれ、地面に鋭く突き立てるように、わたしの思い出を貫く。それらは過去と現在を同時性の感傷に陥らせては、ひやりとした冷たさで胸を締め付ける。そうしてウトウトと、眠りの階段をくだりつつ思う、冬の思い出は、かくも寂しい。
| よみもの | 06:09 | comments(0) | trackbacks(1) |
小説筆記-3-私的逆説に逆巻く段階
◇稽古帰りに木屋町『八文字屋』に寄った。take-bowに【白波】をごちそうになる。そしていま木屋町西レイホウ会館『Cafe Siesta』でこの文章を書いている。ホニャララ会館、というのがぼくの好みのビル名である。


◆『夏服の女』について

その女について、じっくりと考えてみた。想像は膨らんだ。が、その結果はあまり芳しくない。空想を伸ばせば伸ばすほど、他愛のない小説になりそうだ。それは困る。せっかくこの場所でなにかを残そうと思っているのに、他愛のないものでは『鯛の砂糖菓子』のように、甘さだけを余韻としてしまう。それは困るのである。かくも『夏服の女』という登場人物は魅力的であるが、どうもぼくは最後の一文まで彼女を愛せそうにはない。可愛いひとには、よい思い出がないのだ。【バルボラ】ならまだしも【逆バルボラ】だけは勘弁願いたいのだ。であるからして、「私的逆説の理」をもとに主人公『夏服の女』を取り下げることにする。けれど、ひとりの登場人物としては書くことにする。書く理由もまた「私的逆説の理」とする。


◆テーマについて

そこでテーマはまた振り出しに戻る。プロットづくりにいくまでが長い。テーマとはかくも重要なのだ。将棋の谷川浩司が21歳で史上最年少名人になったように「テーブルのうえの林檎をサッと取り去る」(芹沢博文九段:談)わけにはいかないのである。それは天才の仕業なのだ。つづきはまた、べつのお話。
| よみもの | 00:54 | comments(1) | trackbacks(2) |
小説筆記-2-時間があると冷静を得る段階
◆悔い改めることは悪いことではない

◇ある出来事から24時間を越えると他人の目線で自分の行動をみることができるようだ。前回、英単語のIdeaはよかったように思えたが、いまみるとやけにいけすかない。「こいつ頭が悪いのだろう」と思えてくる。きっと、67Percentの読者が苛ついたことだろう。ひらにご容赦願いたい。という経緯があって、文章を返してみる・・・。

◇ある出来事から24時間を越えると他人の目線で自分の行動をみることができるようだ。前回、英単語のアイデアはよかったように思えたが、いまみるとやけにいけすかない。「こいつ頭が悪いのだろう」と思えてくる。きっと、67パーセントの読者が苛ついたことだろう。ひらにご容赦願いたい。


◆テーマを考える

◇さて、前回(小説筆記-1-まだ種がない段階)のつづきである。さっぱり要領を得なかった『テーマについて』であるが、さきほど桂駅前『養老乃滝』にてひとり、モロキュウとStephen king【第四解剖室】をつまみに壜ビール(サッポロ黒ラベル)を呑んでいた。前頭葉からにわかに言葉がヒリでる。「ちはやぶる、ひとり居酒屋、水の音、トイレット」と古風かつ下賎に含み笑い。新鮮なモロキュウをかじる。カリッと音がする。クチにはシャッと青く冷たい味わいが広がる。ぼくはネット求人で見つけ出力していた『電柱と電柱のあいだの距離を測る』という仕事の求人情報の裏にメモを走らせている。やがて目的に到達する。ささやかに先進的といえる発見があった(「ささやかに先進的発見」という軸点についての補足。『ぼく自身』というボーダーラインから一歩だけ「ささやかに先進的」だ、という安直な意味である)。

◇まずぼくは酒場が好物である。前回「最近、特別な興味を持った覚えはない」と書いた。しかし、それは「最近」に限り「特別な興味を持った覚えはない」のであって、ながらく、酒場の興味は尽きない。そこでテーマの前に基本設定として酒場をおくことにする。

◇本作は私小説にしたくない。それは以下2点の理由がある。ひとつは宇多田ヒカルへのインタビューに感銘を受けたからだ。For Ex:質問者「〜最後のKissはタバコのFlavorがした〜、という歌詞は経験からきたんでしょうか?」宇多田「経験だけで作品をつくったりはしませんよ」。彼女が諭すとおり『自分でイメージする』という経験がなにより大切なのである。もうひとつは、ぼく自身の日常が人生劇場きわまりなく、望んでいない結末も多々、許され難いできごとも多々、いくらぼくが厚顔であろうと、なにを書けようものか。社会的無邪気にも制限があるのだ。書き下すと『おもいよこしまなし』なのであるが、それは自意識が社会を越えないことを暗示する。

◇というモロモロの理由があって、主人公を女にしたいと思った。しかも年中『夏服の女』を空想している。本作は『アンチ私小説』という決定である。ぼくの創作である限りぼくの主観を越えることはない(主観論・客観論:客観は主観を凌駕しないの法則)のだが、女性ならぼくとは別人として振舞う可能性が高いから、作者としてはひとまずの安心を得るだろう。『夏服の女』の個性について考え、次回から書くことにする。深めるのはそのあとだ。
| よみもの | 01:17 | comments(5) | trackbacks(1) |
小説筆記-1-まだ種がない段階
●まず冒頭の言葉として 

◇試みに小説を書いてみようかと思い立つ。理由は「春が近いから」としておく。漫然と書くのもつまらない。だからその創作段階も書いてみようと思う。ぼくは舞台の脚本を書くのだが、思い返すと書き出すまでの思考展開は自分のなかでも曖昧なもので、なぜそう思いついたのかは不明な点がある。いつも、なんだかんだと考えて書くのだが、どちらかといえばぼくは待つTypeだと思う。だいたい、待つその間は、書きたいThemeに則った情報や知識を蓄えていく。

◇思考が手順に残るのは面白いのかもしれない。しかし思考を公表する行為はきっと気恥ずかしい。持ち前の鈍さで「大丈夫だ」と自分に云い聞かせる。うまくいけば戯れと真情の両極に揺れるぼくを、記録することができよう。


●Themeを考える

◇いい小説にはいいThemeがある。Storyに対してでも、書き手のStyleでもよいと思う。いづれにしても「ぼくはなにを書きたいか」が肝要である。それがなければ「書きたい」というぼくの思い入れがひとり歩きして、同情にも似た「書きたいのだね」という印象を読者に残す。それは避けたい。理由は「ダサいから」としておく。

◇ぼくが最近、興味を持ったことを考える。最近、特別な興味を持った覚えはない。かといって無味乾燥な情緒ではない。いろいろ考えているのは感じている。「考えているけど、感じてる」というのは自己対話が欠けている場合の印象である。自己対話なくして具体的な作品は創れない。これは経験則である。それは「ぼくは〜と思った」のつぎに「なぜ?」を附することによってLimitのない自己対話が始まるのだ。ぼくはこのIdeaのおかげで、自己対話をする必要に出会えた、ということだ。・・・ああ、おかげさまで。

◇「ああ、おかげさまで」と書いてみた。思いつきであるが、仮に自己対話のK氏とU氏の両名を想定することとする。

◇もうひとつ補足であるが、いまカタカナ文字を英単語にしているのは、ぼくの薄れゆく記憶への不安感の象徴である。つまり、英単語の勉強である。「寝ながらにしてみるみる英単語が覚えられる枕」をImageしている。「文章を書きながらにしてじゃんじゃん英単語が覚えられる文体」である。・・・ああ、なるほど。

◇「ああ、なるほど」と書いてみて思うところがある。ちなみにこれはU氏(仮)の合いの手だが、とても鬱陶しく感じた。ここまでの文章のなかで、非常に無駄を感じる部分である。ぼくは「うすのろ」とつぶやいてみた。Cutしたいほどだ。と、このようであるから、U氏(仮)の再登場はないだろう。ぼくをここまで怒らせるとは、U氏(仮)も人物である。他人の感情を揺さぶるのは意外に難しいことなのだ。

◇ふと、この調子で書いていていつGoalに辿り着くのか、と不安になる。と同時に、MarathonでもGoalというしFootballもまたGoalということに思い至る。その違いを考える。MarathonでGoalするのは選手である。FootballでGoalするのはBallである。そこが違う。主体の問題でいうと、やはり、といおうか、Footballは選手を追いかけて観るものではなく、Ballを追いかけてみるのが正当な観方なのだ。論理的発見である。不思議なもので途端に【German World Cup】が待ち遠しくなる。ぼくを侮ってはいけない。ちょっとした違いの解る男なのである。しかも疑り深いのである。そして騙され易いのである・・・。

◇と前段を書いて思ったことがある。カタカナ文字を英単語にするだけで、なんという変テコな様子になるのだろうか。『U氏(仮)問題』の意趣返しというわけではないが、この変テコ加減は面白いように思った。今後も続けたい。また、この変テコさから連想するSituationもある。たとえば「英語は話せるけど外国人とは緊張して話せない」という理由だけで何十万円も支払い、英会話学校に通う人々の、取っ掛かりのない崖を無理やりSportyに登っていくような、そんな滑稽さ。その人々はおもに「外国人馴れ」を目的としている。そして外国人と話す場所は英会話学校以外になかったりする。そういう構図が善かったりする。わざわざ「よかったりする」を「善かったりする」にしたのは、その善良さが解るようにしたかったからである。

◇まったくThemeが決まらぬまま【小説筆記-1-まだ種がない段階】を終える。Rock Climbingである。『急がば回れ』である。
| よみもの | 09:53 | comments(3) | trackbacks(0) |

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