改造日記−ルンルン、女は一生懸命だ。
〜西大路夏子と近藤和見による音楽の一夜〜
『あんたの息子を信じなさい』
◆『近藤和見による西大路夏子のための女装歌謡ショー』は無事終了しました〜。お客様諸氏、ミュージシャン様諸氏、ヴォガからのスタッフ、役者たち、どうもありがとう。私は仕合せ者です。思ったよりもたくさんのお客様に来ていただいて嬉しかったワ!!しかしお世辞でも「綺麗です」とかいわれたら、心底嬉しいものネ。たとえオイドンが男でも。イベントもお客様、大いに盛り上がっていらした様子。良かったワ。自分だけの満足じゃなくて。舞台の最後にお花が「夏子サーンッ!」の掛け声とともに宙を舞ったりしてサ、あら、ドラマチック。鼻水が出たワ。嬉しくて。
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| 改造日記 | 20:04 | comments(6) | trackbacks(0) |
改造日記-13-タイムリミット
◇最近は家にいることが多い。重苦しい諸事情がある。

◇とりあえず、酒を控えて、お茶をがっぷがっぷと飲んで、メシをどっかりと食べている。それで健康になると思っている。

◇そろそろ、ちゃんと社会に片足を戻そうかと思う。片足で止めておく。ぼくは切り替えが苦手で、静かな時間がないとなにも考えられなくなる。だれかと単独で会って話すとそのようにみられないのだが、継続して一定に暮らすことも苦手である。ふわふわとどこかへ漂っていたいのだ。高校生の時、彫像のモデルをしていたのだが「きみをみて題を決めたよ」といわれ展覧会にいくと【風の彷徨い(さまよい)】と作品名が。12年前から風来坊だったのかもしれない。太陽光を浴びて栄養にできる植物化研究があるなら、是非、お願いしたい。ただし、緑人間になるのは勇気がいるだろう。

◇にわかに耳許に「タイムリミット!」という声が聴こえる。ぼくは冷静さを偽装し、腕組みして考える。『時間』という気分だけでは何者も迫ってはこれまい。いや待て、仮定が浅い。仮に『時間』自身がなにかに追われているとする。追われているのはぼくの所有する『時間』である。ぼくはその『時間』を犠牲に、その『時間』の限りで、自分の判断・行動基準を探している。それを一種の社会性生成作業と思うに到る。つまり初期衝動である。

◇「腹が減った〜」さえ、社会時間に合わせられる身体は便利であるが、好みではない。ぼくの実感としては、社会性をきっちり持ち合わせると、精神的な開放に繋がる。居酒屋で底なしにうるさいのは、身分が明らかな(単純な)、学生とサラリーマンである。

◇そういった意味で、タイムリミットは目前にある、といえる。
| 改造日記 | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
改造日記-12-ごちそうになった
◇放浪が今日終わった。整髪料もつけてないのに頭髪はつやつやで、「パーマあてた?」とカフェアンデパンダンの辻氏にいわれるボサボサヘアーであった。青年期の終わりさえ感じたことであった。

◇連日、「気が狂ったのか」と思うほど呑んでしまった。自分自身のことに「しまった」というのも変な話であるが、酔ってしまっては、シラフのぼくからみると他人に限りなく近い。

◇最近の昼間は吐瀉。やはりといおうか、どうやら胃にきている。ぼくはバカである。

◇14日はバレンタインであった。そんな日がこの世にあることを、連日の深酒でまったく忘れていた。一週間前、伯父(父の弟)から電話があり「ごはんでも食べにいこう」と誘っていただいた。「いつにする?」といわれて「じゃあ、14日の火曜日に」と約束。「焼肉つれていくわ」といわれ、色めきたつ。

◇14日の昼間も吐瀉。夕方過ぎには焼肉。嗚呼、このめぐり合わせ。涙で眼をぬらし、鏡をのぞく。激痩せの頬は、色を失っていた。

◇四条大宮で待ち合わせ、タクシーで三条千本の店へ。伯父と伯父の息子、つまり従兄弟(初対面)と、3人の会食であった。しかも、その高級焼き肉屋「ヒロ」の店長が伯父(三男)のお兄さん(次男)の息子、つまり従兄弟(初対面)であった。伯父はこうしていつもいろんなひとを紹介してくれるのである。ほんとうに嬉しい。

◇「食が細くて、あまりたくさん食べられないんですよ」とあらかじめ伝える。しかし、だされるお肉がおいしい!恐る恐る食べていたら、だんだん元気になってきた。お話好きの伯父と初対面の従兄弟(10歳下)と楽しく食事ができて、ほんとうに嬉しかった。

◇そのあと「よせばいいのにはしご酒」。そして伯父を見送り、従兄弟と四条縄手の『バリバリインドネシア』。そこで盟友take-bowを呼び出す。従兄弟も送り出し、take-bowと四条木屋町『お粥さんばぁ京楽』へ。

◇楽しく呑んでたのだが、「袖摺りあうも嫌な縁」のようなことがあって、わぁわぁと、なみだ涙でお開き。「生きるのってしんどいのよ」という言葉から真逆の堕落した行為・行動でありながら、なぜかしんどい毎日である。女将さん、take-bow、ごめんなさい。そして伯父さん、ご馳走になりました。ありがとう。ヒデくん、がんばれ。きみは大丈夫です。
| 改造日記 | 07:01 | comments(2) | trackbacks(0) |
改造日記-11-展覧会にいってきた
◇イスラム社会のデモがニュースで流れている。くだんの風刺画騒動である。そこで『表現の自由』のことを考えていると、あるエピソードを思い出した。

◇浜村淳という司会業を営むおっさんがいる。関西では毎朝「ありがとう」ということで有名である。個人的に関西限定の『朝ズバ!』をするならこのおっさんしかいないと強く推薦する。このひとはもともと新聞記者志望であったそうで、ある新聞社の入社試験を受けたという。その論文試験のテーマは『「ペンは剣より強し」について書きなさい』で、浜村青年は真面目にその事例などあげつつ書いたそうな。しかし結果は不採用。訝しく思った浜村青年は、なぜ不採用だったのか尋ねたらしい。するとその人事担当者は「ペンは剣より弱い、という結論を書いたひとを採用したんや」と語ったそうだ。戦争が終わり、新聞界も翼賛的言論統制に加担した反省があったのだと思う。浜村青年は常識というものを疑わなければならないという意味で「眼から鱗が落ちた」らしい。なぜか今回の風刺画騒動に、この話を思った。

◇西洋の場合、宗教や王制など権威・権力との闘争で自由を勝ち取ったという自負心があるのだろう。だからフランスの漫画雑誌が新たなイスラム社会への風刺画を掲載するとか、過剰な応酬をしているように思う。

◇風刺画自体は西洋社会のジョークという意味でしかないと思う。イギリスなんて国営のBBCのなかでエリザベス女王が笑いのネタにされる。ぼくは単純に例の風刺画を、なるほどな、と思った。日本に住むぼくの価値観に限って、その絵は普通に風刺画であって、それ自体はモンティパイソンの1000分の1くらいのやんわりした刺激である。結局、イスラム教が偶像崇拝を禁止しているということ(原初ではキリスト教も仏教も禁止してたと思うのだけれど)がこれほどの禁忌であったのか、というのを誤ったのだと思う。結果的にその記事の狙いは、こんな大騒動を起こすつもりではなかったのだろうから。

◇つい60年前まで日本でも天皇はそういう扱いであったと聞く。ラジオの声はカットされていたというし、写真は顔を隠されていたという(そういう意味でも玉音放送は衝撃であったらしい。だれも声を聴いたことがないうえに恭しい宮中の言葉使いであったので、本当に天皇か、終戦を告げるということも含め、放送の真贋がわからなかったそうだ)。その時代に他国が天皇の肖像をそういうやり方で使用すれば、日本人は怒り狂ったであろうことは自明で、想像するに、各地のイスラムコミュニティーのリアクションは現象としてよくわかる。

◇西洋の言論界ではどのような議論になっているのかわからないが、ぼくなりに考えた。

◇この風刺画騒動は『表現の自由』『言論の自由』というモノサシでものごとをはかるべきでない。西洋社会がイスラム社会を『権威・権力』として認知して監視している意味ならともかく、そういう対象でもあるまい。むしろ、イスラム社会が西洋社会を『権威・権力』と思っているし実際おさえつけられ、踏みつけられている。だから彼らが「西洋人にいいようにされまい」とあらん限りの声でシュプレヒコールをあげているのがわからんのだろうか。
どこの文化圏でもタブーはある。それをぶつけ合うことが『自由』の最終形であるならば、あまりにシニックで、過去の思想家は卒倒して最後に笑うだろう。「自由は喧嘩の理由でしかなかった」わけで。

◇巨大すぎてわかりにくいが、総体として西洋全体がすでに『権威・権力』だ。しかし政治・経済の弱い国々の側が健全に西洋社会を『表現の自由』『言論の自由』をもって風刺することは即、死活問題となる。キューバや北朝鮮を擁護するわけではなくて、たとえば国単位で考えるなら、一国が我を張るというのはああいう種類の苦しさをともなう。それも民衆が。そういう時代を持っている日本が、なぜ積極的にあいだにはいってやらんのかが、ぼくには不明である。

◇なんせ、そういうところ西洋人は傲慢である。そして日本は利己的(このことについては面白い文章を読んで、いろいろ思うところがあった。また後日書く)。たとえば冬季オリンピックである。こんな絵に描いたような南北問題そのままの、白人による白人のためのオリンピックをみてなにが嬉しいんだろう。どう考えてもなかば地域選別という意味のアパルトヘイト(人種隔離)だと思う。権利は与えるがあとは努力しだいということか。そもそも五大陸があたりまえに競技しないスポーツばかり集めてオリンピックもないだろう。あの五つの輪っかはただのお飾りか。参考までに。〜オリンピック憲章、7:オリンピック・ムーブメントの活動は、結び合う5つの輪に象徴されるとおり普遍且つ恒久であり、五大陸にまたがるものである。その頂点に立つのが世界中の競技者を一堂にあつめて開催される偉大なスポーツの祭典、オリンピック競技大会である〜。冬季オリンピックじゃなくただのウインタースポーツ競技会でいいと思うのだが。

◇と腹が立ってきたので、別の話にする。

◇京都市美術館で開催されている嵯峨美の卒業制作展にいってきた。ロヲ=タァル=ヴォガ【Ato-Saki】公演で美術スタッフだった、Chiemixこと平本嬢と江草嬢の展示を楽しみにむかった。

◇むっと、若人たちの熱気につつまれた館内にやや動揺。油絵から日本画、版画へ進み、観光デザイン学科の部屋へ。ぼくの勝手ながら嵯峨美は絵が良いイメージがあって「えっこれは?」といったものもなく「いい絵やなぁ」なんてひとりごちながら順路を進んだ。ぼくは「いまの画壇は」とか「この本歌取りは」など批評性に関わる事柄はまったく知らず、単なる素人としてしかみれない。本展覧会でなら、メディアアートの事情がすこしわかったくらい(無論、タカがしれてるのだが)。

◇Chiemixの作品をみた。【invitation mask〜コミュニケーションのものさし〜】と題されている。実感として彼女らしい題材の選択に思えた。透明のシートに目許をおおう舞踏会マスクのデザインがある。それが無数にプリントしてある。ラインが繊細だ。いちまい一枚、ジャストサイズのビニールにいれてあり、いろいろなものが同封されている。文字が書いているものもあるし、布地がはいっていたりもする。さまざまなのだ。その作品が20点ほどあった。「マスクをつけているその袋が擬人的な存在だとすれば、その中身は個性であろう」などと考えていたら、なんとなく社会への招待状のように思えてきた。「社会にでるときはこのマスクをつけてください」と送られてきたような。【Ato-Saki】公演でラストシーンに南洋のマスクを全員につけさせた。直接の意味とは違うのだが、もう一方の意味でぼくは、主人公に『すべてを剥ぎ取った、あるいは剥ぎ取られた存在』のディレクションをした。すでに社会性のマスクをつけていない存在だと考えた。文明のさなかに暮らすほかの人物はその主人公とシンクロしたときだけ、そのマスクをはずせるような気がしたのだ。ぼくは自分の勝手な作品解釈のなかで、Chiemixとシンクロしたのであった。

◇江草嬢の作品を続けてみた。それはChiemix作品の隣にあったからである。おなじクラスとは聞いていたが、具現化するとこれがおなじクラスということなのだと感心。作品はこれまた面白いものであった。題は【文書編集の実験〜人体器官編〜】。これはブック形式の作品である。ページごとに内臓の器官名がピックアップされている。そして演劇バカには定番の『外郎売』のテキスト(これが面白いアイデア!)を解体して再編し、一種の絵文字のようにページレイアウトしている。文字の大きさを変化させ、重ねることさえいとわず構成することによって、遠近さえしょうずる。そしてピックアップされた器官をイメージしてレイアウトする。テキストが『外郎売』でレイアウトデザインとはまったく関係がないので(ぼくにとっては)読む必要もなく、それでいて、文字が絵として成立する律のよい文章であるため、眼に心地よい。眼に青葉、山ホトトギス、江草『外郎売』(字余り!)というところ。将棋の羽生善治四冠が専門誌のインタビューでこういう話をしていた。「良い将棋というのはすぐにわかるんですよ。盤面をパッとみて、綺麗だな、って感じられたらそれは、まず間違えなく良い将棋だったりするんです」(近藤の要約)と。そういう意味で江草嬢の作品は解釈を必要としないのである。

◇ぼくは静かな興奮を覚えて本人たちに連絡もとらず美術館をひとまわりし退館した。そして近代美術館の【ドイツ写真の現在】にもいきたかったが、小林美香さんのレクチャーも終わってしまっていたので、気になっていた京都市美術館・別館で開催されている【日本の子ども60年】にいくことにした。

◇あまりにもいたいけで可愛らしい子どもの写真たち、ひとりでみてたら「じいん」と眼頭が熱くなりそうな写真もある。やっぱりぼくは子どもをみると堪らない気持ちになる。好きなのかもしれない。しかし現代に進むにつれて、チョイスしたひとの単純な意図がみえてゲンナリした。あと昔の写真は丁寧にひとりづつ丹念に存在を愛でて撮影されているが、現代の写真に進むと撮影者の被写体に対する愛が希薄なことに気づく。撮影者もまた『日本の子ども』ということか。といいつつも大満足してしまった自分がいて、ぼくもまた『日本の子ども』なのだ(ひつこいっ!)。

◇阪急京都線下りの車中。週刊文春を読む。椎名誠氏の連載【風まかせ赤マント】で笑ってしまう。『私の嫌いな10の人びと(新潮社:中島義道)』という本の紹介をしていた。中島氏は哲学者らしい。椎名氏は「絶対にお目にかかりたくないのだが大ファン」という。この本で、嫌いなひとの特性を10挙げているのだが、ここで覚えず吹いてしまった。
「笑顔の絶えないひと
「常に感謝の気持ちを忘れないひと
「みんなの喜ぶ顔が見たいひと
「いつも前向きに生きているひと
「自分の仕事に、誇り、をもっているひと
「けじめ、を大切にするひと
「喧嘩が起こるとすぐ止めようとするひと
「物事をはっきり言わないひと
「おれバカだから、と言うひと
「わが人生に悔いはない、と思っているひと
ぼくは8年ほどまえから舞台をはじめたのだが、そりゃもう生意気で生意気でどうしようもなかった。叩かれて叩かれて、それでもアッケラカンと口笛を吹いていたもんだ。やさしいところもなくはなかったが、ぼくが自分の親として「あなたが不幸になるのをだまって見過ごすわけにはいきません」と連れてきた彼女にいいたいくらい、まったくふざけた男であった(これは飽くまでたとえであり、実際のぼくはいまでもだれにも自信を持ってお薦めしない)。こんなぼくでもいつのまにか、特筆すべき事件もないのに良くも悪くも変化してきた。前向きに生きてみたり、韜晦に落ちてみたり、喜ぶ顔をみて嬉しくなったりもする。うえの条件、読んでみて、ぼくもこういうひと嫌だ。でも、自分に課してきたのは上記のようなこと。「〜みたいなひとになりたい」と思ってきたのは、これまた上記のようなことじゃなかったかっ!嫌だなぁ、無自覚は。

◇ぼくはなにかミッテラ筋に大切なものを落としてきたようだ。じゃあ、明日拾いにいこう。嗚呼、呑む理由は石油より埋蔵量が多い。

◇書き忘れていたが、『自由』と名づくことはすべて、明文なきルールのなかでおこなわれるのが最善だと思う。良心も悪心もひっくるめて『自由』なんだから、それを行使して「やりすぎた、悪かった」と思ったなら、謝るしかない。肝は「やりすぎた、悪かった」と思えるあたりまえの人間であるかどうかなんだと思う。

◇ぼくも謝りたいひとが大勢いる。『自由』なんて言葉も簡単に使っていた。もう会えないひとも多い。思い返し、その時を逸したことに慚愧の念、今日もおそらく明日も、堪えず、だ。
| 改造日記 | 04:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
改造日記-10-口腹の欲
◇我が家の食料が尽きつつある。米びつは空っぽで、大好きな2kg800円の鳥のもも肉を貯蔵するボウルも空っぽである。切ない。でもうどんの乾麺1束、大根手乗り分、白菜ひと玉、乾燥ワカメ、などがあったので大量に白菜ばかりが入ったうどんを作った。ちなみに前ヴォガ邸(大阪長居時代)で同居していたOBの大喰らい加納ロマンくんをして「和見くんのうどんはお母さんの味がする」といわしめたほどぼくは、旨くも不味くもないうどんを作れる。

◇共同生活を営む桂のヴォガ邸(邸といいつつ豪邸ではなく、言葉の調子である)では、食べ盛りをとうに過ぎた食べ盛りが3人(鮫島を筆頭にスジョン、30歳を越えやや食が細った近藤)、存在する。いちにち5合はお米が必要で、おそらくぼくが親ならば「ひとりは里子にださなければ」と覚悟することだろう。

◇前述のうどんだが、乾燥ワカメよりうどんのほうがすくないほどである。むしろ白菜のお吸い物の具のひとつにうどんがあるといったほうがよい。貧しい食事とはいえ、ぼくにとってこういったひもじさは密やかなおかしみであったりする。「ああ、口腹の欲とはよくいったものだ」とさもしい我が心根を思うのである。それはクレイジーキャッツの唄のように「かっなしっきわっがこっころ〜」と歌詞とメロディの様子がまるで逆のようなおかしみである。腹が減ると『食べ物』か『おかしみ』か、そのどちらかを探すしかないのである。

◇こんなことには馴れっ子な我ら劇団員たちは、ポケットの小銭を勇ましくジャリジャリとこすりあげながら、ありったけで買えるだけの食べ物を購入する。そして「どうだっ!」といわんばかりにホクホク顔で家路をたどる。貧乏でも食卓だけは賑やかで楽しくありたい、と『行かず後家』のようなほろ苦さでもって、切に、思う。
| 改造日記 | 08:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
改造日記-9-吉田神社
◇2月3日19時頃、数年前【葉洩れ陽のジギタリス】公演をおこなった左京区吉田神社の節分祭にいってきた。個人的に毎年の恒例行事である。

◇例年はなかなかの大人数でいくのだか、スケジュール的に地元白川出身のA島女史(『葉洩れ陽のジギタリス』美術統合担当)とふたりの礼祭となった。そんな恒例行事のなかにもさらに「最低これはやる」という恒例がある。それは、年越し蕎麦(と呼ぶようだ)を食べること、升酒を呑むこと、そのあてとして漬物屋の出店に並ぶ試食漬物を食べること、そしてお参りすること、の四点である。

◇蕎麦は中腹にある蕎麦屋が例年の狙いであったが、本年は石段前北側の『かく谷』という出店で食べる。中腹の常にのびのびの蕎麦と違い、とてもおいしく、温まることができた。幸先がよい。

◇升酒はにごり酒を選んだ。「これから、ますますにごってまいります〜!」と唸りながら、漬物ではなく『節分いわし』という出店で、モクモク焼いていたいわしの試食をいただく。「来年こうてくれたらいいよ」とすごむお兄さんのいかつさが圧巻であった。

◇お参りは本殿と近江国のふたつのお社にお賽銭を入れて祈願。あとはちょこちょこと「お賽銭なし祈願」と名付けたやや遠い位置からの祈願。これは不信心であるが新機軸である。

◇薄着でいってしまった上に猛吹雪。すこし体調も下降気味なのではやめにお暇することにした。23時より境内の厄の火払いに点火された模様。ぼくは様々な事情と雄大であろう火祭りに後ろ髪をひかれつつ、桂の我が家に戻った。

◇だるまみくじは半吉。うん、我ながら、ほどほどの中庸ぶりが好ましいと思った。
| 改造日記 | 01:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
改造日記-8-休養
◇昨夜は結局、Bar『図書館』にいけなかった。なんどか前に立ったが、しまったまま。これは、きっと、火曜定休日なのだ。日をあらためて伺うことにする。

◇昨夜のブログまでのおさらいをしてみた。ほとんど無意識の放浪である。まず綾小路柳番場の『Tits Cafe』(シックな高級ホテルかと見紛うほどきれいなカフェにあたかも一幅の絵のようにおさまる美人の店員さんがいる)でカフェオレを飲みながら【幕末志士列伝:宝島社】と【日経新聞】を読む。ふと、この店名はなんと読めばいいか悩む。「ちつ」だけはないと思った。

◇四条木屋町西上ル『Cafe Siesta』(造形大の学生さんがアニメーションを展示している)でエビスビールを呑みながらブログを書き終え、おとなしく桂に帰った。いま思うと、そとでブログを書くとどうやらセンチメンタルな文章になる。ぼくは比較的ひとりで行動することが多いのであるが、やはりといおうか、ぼくの心情は「寂しい」とこぼしているようだ。ばかばかしくもはかばかしくない、我が人生の陰と思った。

◇センチメンタルな日記を書くと、友人・知人に心配をかける。申し訳なく思うが、ブログが14日止まったらことさらに心配して欲しい。おそらく書けているうちは、ぼくのネガティブを代替行為で転換できているので、なんとかなっていると考えられる。

◇とはいえ、つぎの公演の台本を書きはじめたいま、停滞するわけにはいかない。つよく、それを、じぶんに戒めるのだ。いつだって、じぶん自身が敵なのである。
| 改造日記 | 19:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
改造日記-7-放浪期
◇放浪する毎日である。

◇19時『Cafe Siesta』で、この日記を書いている。このあとBar『図書館』へ伺って先日の粗相を陳謝する予定。謝らなければいけないことが多い。

◇そして、不穏な空気がぼくの周縁にある。どうも心穏やかならざることが多い。まだ、予感ではある(ただし、ほぼ当たる)。

◇過去の話だが、日頃意識して自制を施すぼくの感情が爆発していた時期があった。穏やかな人間と思っている方もいらっしゃるようだが、元来、ぼくは激しい性格だ。それは小学生に自覚し、中学生ではもうセルフコントロールをはじめていた。そしてできるだけ続けようと思った。それが押えられなくなり、26歳から覆えってしまったのだから、人生はわからない。

◇随分、肝心なところをとばすが、いま冷静に思うと、その時期は「半狂乱」であった。ひとに関するできごとであった。結果的に互いを傷つけあった。最後には「関係性の死」をむかえた。そしていまは、その死をひたすら弔うばかりである。

◇三島由紀夫は「終戦直後と鹿鳴館時代の日本は似ている」と発言したという。ぼくにとってその「半狂乱直前といまが似ている」と感じる。「半狂乱」がゆるゆると近づいているのが予測される。ただ不気味な思いだ。今回は「ひと」だけではない。それは敵方と感じるあらゆること。ぼくの気持ちのある部分でさえ敵方といえる。それは「獅子身中の虫」だ。いまかいまかと群れた敵が、一気呵成に鬨の声をあげようとしている。

◇我、思う。よりいっそうの「流れに棹ささぬ自我をつくろう」と。
| 改造日記 | 19:37 | comments(0) | trackbacks(2) |
改造日記-6-酒に溺れたエビ
◇1月27日、呑む。【Ato-Saki】で共演したtake-bowと、かれの親父様の遺影を前にして、弔い酒。take-bowの親父様の命日で「近藤和見と呑みたかった」のだとかれは云った。AM5:00、四条木屋町下ル『図書館』に河岸をかえる。が、ぼくは酩酊してしまい、カウンターで吐瀉。あわてて帰った。ひよ子さん、申し訳ありません。ぼくは体調をくずしているのか?と考えていたら、翌日、馬鹿な量の酒を呑んでいたことに気づく。

◇同月28日、デザイナー北川邸に寝坊しつつ向かい、打ち合わせなど。その後、演劇ライターY女史と本町『まんねん』。ビールをガンガン呑みながら中華をごちそうになる。よい話をうかがえた。そして、ミッテラ界隈を3軒はしご酒。そしてなぜかテンションが変調してしまい『ガンジャ』のゴヤ氏に涙を流しながらとうとうと語るに至った。これは恥かき酒である。

◇同月29日、母と彦根で落ち合い、能登川駅前創作料理居酒屋『まる伊』に向かった。久方ぶりの『まる伊』は雰囲気も落ち着いていて、リラックスできた。体調があまりよくないのでビールと焼酎お湯割り程度にしておく。実家のことなどの相談。ひさびさに母とゆっくり話す。おしゃべりのぼくが、ほとんど話せないほどの洪水のような日常トークをお見舞いされる。木屋町『Sit Get Sun』にてカレーうどんを食べ、帰宅。

◇しばらく呑まないほうがよい気がする。これは勘である。半狂乱が不穏に感情をおおいはじめた。
| 改造日記 | 02:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
改造日記-5-無線感覚
◇いま、木屋町の『CAFE LA SIESTA』で書き込み中。

◇無線LANが内蔵されており、場所によってはネットに接続でき、このように日記が書けたりもする。

◇さきほどまでは、摂津富田の稽古場『高槻ふれあいセンター』にいた。そこも無線LANに接続される。いやはや驚きである。

◇昨夜は、賑やかなことであった。まず前夜より『秘密基地ロマンチズム』と題した映画を監督している、平岡カスミン香純嬢が我が家(ヴォガ邸と呼ばれている。以下、ヴォガ邸)を訪れた。そして昨夜は、おそらく仕事上さしさわりがあると思われるので伏せておくが、日頃お世話になっている男女2名に来訪していただき、『A列車でいこう』大会がしめやかにおこなわれた。ゲームである。

◇ぼくの愛する鶏肉のももステーキとオニオンスープを御膳に供して、一升瓶ごと石油ストーブで温めコップ酒の、アグレッシブかつクラシックな催しであった。

◇現前で、どこかの美術大学のゼミ生と覚えるひとたちが、先生を交え話し合っている。よい光景である。それを横目にこの記述は進んでいる。最新式のパソコンは「インテル入ってる」のみならず、現状の様子を楽しむこころも育むのであった。
| 改造日記 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |

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